「血の家」 八十二雫
「それでは、続いて、
安永 総司理事------」
「・・・・」
「安永理事?」
「-----、一ついいか?」
「-------ええ、構いませんが...」
「ガタッ」
禎三の次に、自分の番が来ると
総司は、席から立ち上がる
「そもそも、今、次の御代についての
投票を行っている訳だが------」
「・・・・」
突然、何か別の事を口にし出した総司を
雅は目を細め、無表情で見ている
「そもそも、雅、お前以外の
尤光、正之、明人------、
そして、善波、征四郎や、ジャン-----
その他の連中はどこに行ったんだ?」
「それは、先程、告別式の際に、
ここに集まっている方たちには
ご説明差し上げましたが------」
「-------ふざけるなっ!」
"バンッ!"
「そ、総司------!」
「粗暴な振る舞いは、当理事会の品格を
落とすことになるので
お辞め頂きたいのですが-------」
「-----品格?」
「え、え----」
"バンッ!"
「・・・・!」
雅の言葉を言い終える前に、総司は再び
自分の前のテーブルを強く叩く!
「品格だ何だと、ずい分
御大層な事を言うが------!」
「・・・あまり、その様な振る舞いが過ぎるなら、
当理事会も、安永理事の処遇について
考えなければなりませんが-----」
「そ、総司」
「------フン。」
禎三が、総司を宥めようとするが
総司はそのまま言葉を続ける
「そもそも、つい先日まで
他の御代の候補者がいなくなるなんて素振りは
まるで無かったぞ------?」
「だから、それは
先程、申し上げた通り-----」
「お前の言う、御代の遺言書が
この叶生野荘の鴇与の村で見つかり、
それで他の御代の候補者がこの理事総会を
辞退したと言う話か-----?」
「-------そう申し上げましたが...」
雅が、脇にいる屈強そうな
自分の部下に目をやりながら総司を見る
「-----そんな話、信じると思うか...?」
「信じる、とは、
どう言った意味でしょうか-----?」
「な、何だ-----?」
「お、おい、安永くん-----、」
「・・・・」
周りにいた他の理事たちが、
声を荒げている総司に向かって
何か言葉を投げ掛けてくるが
総司はまるで構わず、壇上にいる雅に向かって
声を張り上げる
「一昨日、俺が、善波や征四郎と会った時、
二人は、鷺代の集落...
これは、尚佐御代が生前よく
顔を出していた家だが...」
「鷺代?」
「------神代の集落のか?」
「その、鷺代の家の当主、征次の話では、
次の御代は、征四郎------、
鴇与家の征四郎を尚佐御代が指名したと
聞いている------!」
「-----何を申し上げているか、
よく分かりませんが------、」
「--------これでもか?」
「・・・・?」
「ガチャッ」
「・・・・!」
「な、何だ?」
「あれは誰だ?」
総司が、入り口の近くにいた
自分の部下に目配せをすると、
ドアの外から、一人の男がやってくる
「(征次-------)」
"カッ カッ カッ カッ....
「総司さま------、」
ドアから、征次が総司の側まで歩いてくる
「・・・・」
そして、総司が、続けて雅に目を向ける
「------これが、鷺代の当主、
鷺代 征次-----...
そして、この征次は前代の御代である
尚佐御大から、直接、次の御代、
征四郎の話を聞いている------
そうだな? 征次さん」
「・・・・」
まだこの場の雰囲気に何か
戸惑いを感じているのか
征次は、部屋の中をキョロキョロと見渡す
「------いえ...」
少しすると、驚いた様な顔で、
征次は総司の顔を見る
「え、ええ-----、
総司様の仰る通りで御座います------」
「血の家」 八十一雫
「"征四郎"だ-------、」
「・・・・!」
「せ、征四郎?」
「-----ああ、確かアメリカで
銀行をやってるだとか...」
禎三が、憮然とした表情で征四郎の名を口に出すと
部屋の中が大きく騒ぎ出す
「------禎三ッ 貴様っ!」
「ガタッ」
突然、禎三の向かい側の円卓に座っていた、
小洒落た帽子に着物を着た老人が席から立ち上がる
「・・・親父。」
"藤道會総帥、藤道 仁左衛門"
九州に基盤を置く、物流会社
藤道物流の総帥で
前代の尚佐と年が近いせいか、
尚佐とはかなり近い関係にあった人物で
今、征四郎の名前を挙げた
禎三とは血を分けた親子だ
「貴様っ 気でも違ったのか!?
この場におりもせん、しかも、
どこの者かも分らん家柄の小僧を
この場で口にするとは------ッ
恥を知れ!」
「ガタッ」
「------禎三...」
仁左衛門の言葉を聞いてか、禎三は、
座っていた席から立ち上がる
「何も、この場にいるいないの
話ではないでしょう------」
「・・・・!」
険しい表情で仁左衛門が禎三を睨みつけるが
禎三は、目を反らさず、まっすぐ
円卓の向かい側に座っている
仁左衛門を睨み返す
「-----聞くところによると、元々、
今回の御代の権利は叶生野の一族である
尤光副会長、そして、
その弟である、正之、明人-----
さらには、善波、そして、征四郎や
海外のジャン、ルーシーにも
あると聞いている....」
「-----お前、誰に向かって
口を聞いているんだ」
"カンッ!"
「・・・・!」
仁左衛門が、禎三に向かって
手に持っていたステッキで
理事たちが座っている円卓を叩く
「それは、会長。あなただ-------!」
「"あなた"だとっ!?」
"ガンッ! ガンッ!"
「と、藤道総帥っ」
「お、落ち着いて下さい!」
「--------フン、」
"ドスッ"
周りの理事たちの言葉に冷静さを取り戻したのか、
仁左衛門は、禎三から顔を背け
顰め面で自分の席に着く
「-----では、禎三理事は、
征四郎理事に一票を投じると-----?」
「------そうだ。」
「・・・・」
「血の家」 八十雫
「では、まず、左葉会、平井様-------、」
雅が、部屋の奥の壇上から
自分に一番近い場所に座っている
平井に向かってマイクで呼びかける
「ガタッ」
平井は、席から立ち上がると
この部屋に集まった全員の理事を見渡し
声を上げる
「-----当然、今、この場の状況、
そして尚佐御大の遺言書を考えれば
次の御代には
"雅理事"がなるべきです------」
「------成る程。」
「ォォォオオ...」
「平井さんは、雅理事か------」
ザワ
ザワ
ザワ
部屋の中が小騒に包まれる
"クイ"
「・・・・・」
"カッ カッ カッ カッ"
「・・・・」
"キュッ キュッ"
「それでは、まず私、羽賀野 雅に
票が一つ入りました-------」
"パチ パチ パチ パチ...."
平井の言葉を聞いて、雅の部下が
雅の立っている壇上の後ろにあるホワイトボードに
マジックで"一"と書き込むと、
部屋の中から、何人かの拍手が聞こえてくる
「遺言書か-------」
「ああ、どうも雅の話だと、
生前尚佐御大が残した遺言書が
この叶生野荘の中で
見つかったらしいが------」
「・・・・」
「それでは、二人目-------」
総司と禎三が小声で話しをしていると
マイクを手に取った雅が
平井の席の隣に座っている
NTLの会長の奥田に目を向ける
「当然、"雅"理事です-------」
「・・・有難うございます」
"キュッ キュッ"
二人目の奥田の言葉を聞くと、
再び、雅の部下の黒いスーツを着た男が
ホワイトボードに、"一"の字に繋がる様に
縦線を書き込む
「それでは、三人目------、」
「羽賀野 雅です------」
「・・・・」
「------これで、私に集まった票が、
三票となりました-----」
「ぉお....」
三人の理事が続けて雅の名を口にした事に
部屋の中に、軽いうねりの様な声が波引く
「では-------、」
四人目------、
「私は、雅くんを、
次の御代に推したい----」
五人目 令和党幹事 富田 由房、
「雅さんです」
六人目 IJO、加納 敬三-------、
「私は、尤光代表、と言いたいところだが...
この場にいないんじゃあな・・・・
雅さんです」
"キュッ キュッ"
部屋の中に集まった理事たちが
雅の名を次々と口にしていくと、
ホワイトボードの上に
"正"の字、さらにそれに加えて
"一"の字が付け加えられる
「--------、」
「それでは、七人目、藤道會、主幹、
------- 藤道 禎三理事」
「------俺は、"征四郎"だ。」
「せ、征四郎?」
「-------...」
禎三の一言に、部屋の中に立った声の波が
僅かに、静まって行く----...
「せ、征四郎------?」
「ああ、確か、アメリカで------」
「彼は、この場にいないだろう-----?」
ザワ
ザワ
ザワ
「-----よく聞こえませんでしたが...」
「・・・・」
この場にいない征四郎の名前が
出るとは思わなかったのか雅は、
威圧感を感じさせるような目つきで禎三を
睨みつける
「・・・・」
禎三は、雅の視線を気にせず、両腕を組み
泰然と自分の席で目を閉じている
「もう一度、名前の方を
宜しいですか-------、」
「------何度も言うつもりも無いが
聞かれるなら、答えるだけだ。
"征四郎"、鴇与、征四郎だ------!」
「鴇与------?」
「何だ-----?」
ザワ
ザワ
ザワ
「血の家」 七十九雫
「(フン、揃いも揃って------?)」
雅は、斎場から自宅の叶生野の屋敷に戻り
その一室に集まった円卓を囲んでいる、
叶生野グループの理事たちに目を向ける
「-----御代、と言っても、
尤光副会長や他の叶生野の
理事達はどこへ行ったんだ----?」
二ツ橋銀行頭取、
生野 一成(いくの かずなり)
「何でも、御代の権利が自分に無い事を知って
告別式には姿を現さなかったとか-----」
その隣、国内通信事業を一手に取り仕切る
NTL 会長、
奥田 敬(おくだ たかし)。
「つまり、この場にいるのは、
羽賀野家の------、」
日本 令和党幹事、
富田 由房(よしふさ)...
「The next "Midai" is also important
for us overseas, the Tono Group.
(次の"御代"は、私達、海外で
叶生野の事業に参加する者たちにとっても
とても重要な事柄だ-----)」
海外において製薬会社を展開する
アイザー.Inc
フレッド・シュタイングレナー...
「(・・・・)」
隣にいるシュタイングレナーと
同様にサングラスを掛け、
無言でその場に佇んでいる男、
海外の電気通信事業を手掛ける
Electronic.E.o.チェアーパーソン、
ロバート・C・レイヴァー
この一室に集まった二十名ほどの
錚々(そうそう)たる人物たちが、部屋の中にある
円卓に一斉に席を着く
「・・・こ、これが、叶生野の理事たちか」
「-----普段は、あまり
集まる様な事もないがな...」
その中には、総司、そして禎三の姿も見える
「ガチャ」
「・・・・!」
最後に部屋の中に、遅れて
富士日本証券の
李 永中(り えいちゅう)
が入ってくる
「・・・・・」
「ガタッ」
「・・・・!」
「雅さん------!」
雅が席を立ったのを見て、
叶生野の中で最大閥、左葉会の代表である
アスト重工の平井 英二が声を上げる
「--------、」
"カッ カッ カッ カッ......
「・・・・」
「お、おい、総司」
「・・・・」
禎三の言葉に視線を向けず、総司は
席を立ち、部屋の奥側にある
壇上へと歩いて行く雅を黙って見ている
「--------、」
"ピピッ!"
「ガー」
「それでは、お集りの皆さま--------、」
雅が、壇の後ろに立ちマイクのスイッチを入れると
部屋の中に設置された
スピーカーから雅の声が反響してくる
「------今回は、私の父、前代、
叶生野家の御代である
尚佐の訃報(ふほう)に預かり、私、
羽賀野 雅は当会の理事、そして
尚佐御代の....
次女として真に.....
残念でなりません-------...」
「まさか、尚佐御大が------」
「-------、」
「もう少し、何とかなったんじゃないかと
思うんだが...」
部屋に集まった理事たちは、
皆、口々に悲痛な表情や言葉を並べ
周りの人間と何か小声で話しをしている
"ピーーーーー"
「しかし、我々、叶生野グループは
前代の御代、尚佐の逝去(せいきょ)に
立ち止まる事なく、新たな時代を見据え
次の時代へと我が叶生野グループは
舵を切って行かなければ
いけないでしょう------」
「そうだ! その通りだ!」
「-------有難うございます」
「お、おい、あれ左葉会の平井じゃないか?」
「(・・・・)」
総司が、雅のすぐ側、壇上の脇の
円卓に座っている男に目を向けると、
その男は、雅が放つ言葉に
一言一句同調するような仕草を見せている
「(左葉会は、尤光達の
閥だった筈だが....)」
「今、この場にはすでに
叶生野家、前代の尚佐御代の一族の人間は
この、壇上にいる
雅理事だけだ------!」
平井が部屋の中に集まっている全員を見る
「それなら、次の叶生野の御代は
この、羽賀野理事が
なるべきじゃないかっ!?」
「(どうやら、雅と左葉会は
既に繋がってるみたいだな------)」
「そ、総司」
総司は、雅と平井のやり取りを聞いて
何か、奥まった様な落ち着かない表情を見せる
「------確かに、今、尤光副代表や、
善波審議委員長がいないとなると
次の御代は雅理事になるのが
相応しいかも知れないが...」
「そうだっ!」
「------、」
「-------....」
左葉会の平井の言葉に、
部屋の中の理事たちの視線が一斉に雅に集まる
"ピピッ"
雅が、言葉を続ける
「------しかし、だからと言って、
この理事会の承認も無しに
次の御代を決める事は
当理事会の規約に
違反する事になるでしょう------」
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」
静まり返った部屋の中に、雅の声だけが響く
「そこで、私、羽賀野 雅当会理事は
当座の暫定の御代として
今、ここで、次の御代を決める
投票を実施する事を宣言します------」
「投票か・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「そ、総司?」
「------まあ、当然の流れだろうな」
「・・・それでは、皆さま、今から順番に
この円卓に並んだ理事たちの推挙する
"御代"の名を一人一人、
順番にお答えになって下さい-----!」
「血の家」 七十八雫
「(....フフフフフ)」
「【それでは、皆さま、
焼香の儀が終わりましたので
少し休憩を挟み、最後に
喪主である、叶生野家次女、
羽賀野 雅からの
ご挨拶があります-----】」
叶生野荘にある、叶生野の一族の
葬儀が行われる斎場。
「(まさか、こうも上手く姉さんたちが
私の考え通りに
行動してくれるなんて------!)」
告別式の会場である、
広いセレモニーホールの脇にある
小部屋の中で、叶生野家の次女、
羽賀野 雅は目の前にある
鏡台に映し出された自分の姿を見ながら
冷え切った笑みを浮かべる-------
「(どうやら、橋の手前で、
あいつら全員を
捕らえたみたいね-----)」
「・・・」
雅は、部下の携帯から来た連絡を聞いて
確信する
「(尤光姉さんたちは、どうやら、
かなり酷い怪我を負って
この場には来れない様だし...)」
「・・・・」
雅は自分の目の前にある、鏡に映し出された
自分の上半身を覗き見る
「------アハハハハッ!?」
「み、雅様------!?」
「-----下がりなさい」
「は、ハッ-------、」
「(・・・・
これで、次の、
"御代"は、
"私"
のもの--------っ!!)」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それでは、これにて、叶生野グループ総帥、
御代である叶生野 尚佐の告別式の
閉会を宣言致します-------、」
「・・・・」
雅が、壇上に置かれたマイクを置くと、
会場に集まった叶生野グループの傘下の人間が、
口々に小声で騒ぎ出す-------、
「雅理事が、今回の
告別式の喪主だとは...」
「何でも、尤光副会長は
次の御代が雅理事になる事を聞いて
この告別式の会場に
姿を現さなかったらしいぞ...」
叶生野の一族を代表する人間が
この場に雅しかいないのを見て、
集まった告別式の参加者たちが
騒然とした様子で何かを喋っている
「------総司。」
「・・・禎三。」
隣り合わせに座っている、安永閥の次期当主、
安永 総司を、藤道會の総帥の子である
藤道 禎三が壇上の雅に目をやりながら見る
「どうやら、雅の話だと
尤光たちは、御代の座を諦めて
今回の告別式に出席しなかった様だが...」
「・・・・」
「・・・総司?」
「・・・・」
総司は何かを含みを持った表情を浮かべ、
壇上にいる雅を一点に見つめている
「-----征四郎くん達も、
何か、同じ様な理由で今回の告別式に
参加しなかった様だが....」
「------そんな事はあり得る筈が無い」
「だが、そうなると、次の御代は-----」
"ピーーーーーーッ!"
「"!"」
突然、ホールのどこからか、機械音が聞こえてくる
「告別式は、これで終了ですが、
この後に、叶生野グループ、
理事総会の各理事の方たちには
この私、羽賀野 雅が当座の暫定の御代として
次の、叶生野グループの長-----、
"御代"を定めるための、
理事会の招集を行います-----、」
「そ、総司-----?」
「-------面白いじゃないか...」
「血の家」 七十七雫
「もうすぐ二瀬川の橋に着くぞ!?」
"ブゥゥオオオンッ"
踏んだ足の力に応える様に、
三人を乗せた車が、二瀬川の方に向かって行く!
「だから、自分の出身である鴇与の家-----、
そして、その自分の家の子である
俺を次の御代に-------」
「・・・そうでござい、ま、す-----ゴフッ」
「いや、だが------」
征四郎の頭に、サングラスの男の事が浮かぶ
「それじゃあ、近藤さん、
アンタが今まで俺たちの前に
何度か姿を現していたのは何でなんだ?」
「-----それは...」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どうやら、尚佐、あの人は、
自分の息子、鴇与家の男子...
名前を、"征四郎"と言ったかしら----」
尚佐が死ぬ二年前、
尚佐の妻である満江は、
叶生野荘の屋敷で自分の部屋に呼び寄せた
近藤に向かって口を開く
「・・・・」
近藤は、黙って満江の話を聞いている
「どうやら、あの人は
私の息子、長男である善波を差し置いて
その、"征四郎"とやらを
次の御代にしようと
しているつもりらしいの-----」
「・・・・」
「確かに、善波は生来があの性格だから
御代になる事は無理かもしれない-----、
でも、それにしたって尤光や正之、
そして明人もいる-----」
「・・・・」
満江が、冷えた目で花瓶に差された
花を見ているのを見て近藤は目を細める
「------何を考えているのかは知らないけど
あの人が、その様なつもりなら-----、」
「・・・・」
「近藤、あなたは、これから
尚佐の動きを追って尚佐が次の御代を
征四郎にしようとしているのを
止めなさい-------、」
「その様な事はできかねます-----」
「-----近藤。」
"スッ"
満江が、テーブルから立ち上がり
立ちながら頭を深く下げている
近藤の元まで歩み寄って行く
「以前にも言った通り、
尚佐は、この、叶生野の人間ではなく
鴇与の人間-------」
「------はい」
「その、叶生野の血ではない
尚佐、そして征四郎が
次の御代になる...」
「--------、」
「あなたは、それで本当に
叶生野の家の執事と
言えるのかしら-----?」
「・・・」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それから、私は、満江さまの
命を受けて、尤光様三兄弟が
御代になられる様に画策すべく、
この叶生野荘の中で
動き回っていました...」
「そう言う事だったのか...」
"スッ"
「・・・・?」
近藤が、手を震わせながら
一枚の紙を自分の懐から取り出す
「元々、今回の件------」
「御代の事か?」
「そう、始まりは、あの尚佐様の遺言書...
そして、その遺言書に書かれていた名前は、
征佐の文字ではなく
"征四郎"の文字でした-------」
「・・・何で、それを
"征佐"に書き換えたんだ?」
「・・・・」
近藤は、窓の外に見える二瀬川の橋に目を向ける
「私は、迷っていました-------」
「・・・・」
「満江さまからの命を受けた物の、
尚佐様のご意志も
慮(おもんばか)って-----、」
「おい、もうすぐ橋だ!
揺れるぞ!?」
「満江様からの命を受けた物の、
尚佐様のご意志に背けば、
私の執事としての意義は、
一体どこにあるのでしょう------」
「・・・・」
「私は、こう考えました-----」
「・・・」
「尚佐様が残した遺言書、
そこに書き込まれた、征四郎様、
あなたの名前を、尚佐様の本名である
"征佐"に書き換える事で、
この、一族間の繋がりが薄くなり
バラバラになった叶生野の一族を
一つにまとめる事が
できるのではないかと------、」
「だから、俺たちが、征佐を探して
この叶生野荘を動き回っているのを
助けていたって事か-----?」
「------そうで御座います...」
「こ、これを-----!」
近藤は、手を震わせながら、
一枚の"紙"を征四郎の元に差し出してくる
「お、おい------」
「・・・・?」
「ま、前------、」
善波が二人の話を遮って、
橋の方に目を向ける
「あ、あれは-------!」
"キィィィィィッ"
"ブロロロロロロロロッ"
「く、車が------!」
"ブゥオオオオンッ"
"キキィッ!"
征四郎が善波の言葉に
二瀬川の橋の方に目を向ける
"ウォォォオンッ!"
"ビーーーーーーッ!"
「な、何だありゃ....」
「車が.....」
二人が自分達が乗っている車の先から
二瀬川の橋の方に目を向けると、
そこには、黒塗りの車が何十台も
まるで、橋を塞ぐ様に止まっているのが見える
「お、おい、どうするんだ・・・・!」
「-------ッ」
「血の家」 七十六雫
「
「だ、大丈夫か!?」
突然現れた二人の男が動かなくなったのを見て
征四郎と善波は倒れている明人、
そして近藤の元へと駆け寄って行く!
「ぐ、ぐぁあああああっ」
「と、とりあえず車に乗せろっ!」
「びょ、病院は!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「近藤---------、」
「-------っ」
善波、そして征四郎が、車の後部座席に座り
近藤を横にして話し掛けるが
「-------い、いえ...」
どうやら、先程男に殴られたのが効いたのか、
近藤はかなり苦しそうな表情を浮かべている
「-----大丈夫だっ
とりあえず今車に乗って、
屋敷の方にお前を連れてってやる!」
「------ぜ、善波さま...
そして、征四郎さま-----、」
「-----喋らなくていい」
「------いえ...」
「?」
かなり苦しそうな様子に見えるが、
近藤は善波の言葉を押し切り
そのまま言葉を続ける
「この事は、申し上げて
おかなければいけません------」
「な、何だ!」
善波は、車を二瀬川の橋に向かって進ませながら、
後ろにいる近藤を見る
「今回の御代の件--------、」
「それが何だっ」
「今回、私が、自分の姿を隠して
お二人、そして、
叶生野の一族の前に現れたのには
理由がございました....」
「理由!?
-----何だっ!? それはっ!?」
「お二方--------、」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「-----じゃあ、尚佐さまは、
本当は、叶生野の一族ではなく、
鴇与の出身だと言うの!?」
「-------ええ」
四十年前------、
「しかも、どうやら、尚佐さまは
お隠しになられている様ですが、
どうやら、尚佐様には
この、叶生野の善波様以外にも
どうやら、お子がいる様で-----」
「な、何ですって!?」
東京の自宅、尚佐の妻、満江は
執事の近藤から突然聞かされた話に
感情を露わにする
「な、尚佐が叶生野の
一族では無いって------」
汐井(しおい)家の満江は
元々叶生野の家の一族であり、
そこから派生した汐井の家の出で
そこで、叶生野から
かなり遠くなった傍流ではあるが
叶生野を名乗る尚佐と結婚し、
息子の善波を設けていた--------、
「し、しかも、あの人に
善波以外の子が他にいるって言うの!?」
「オギャアアアアアアア」
「・・・・!」
満江が声を荒げた事に驚いたのか、
部屋の中にいた赤子の善波は大声で泣き声を上げる
「ええ、どうやら、尚佐さまの、
元々の出自は、叶生野荘の外れにある、
鴇与の家-------、」
「な、何でそれで叶生野の名を
名乗っているの!?」
「-----何故かは分かりませんが、
そこで幼少期を過ごされた後に、
尚佐様はこの叶生野の姓を
名乗る一族に目を付け身分を偽り、
叶生野姓を名乗られた様です-------、」
「な、何て....」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それから、尚佐さまと
満江さまの関係は冷え切り
別の男性と懸想(けそう)した末
お生まれになったのが、
尤光さま、正之さま、
明人さまなのです-----」
「・・・・!」
「あ、明人!」
「ほ、本当かそれは-------」
腕を抱えながら、明人が
征四郎の隣に寝そべっている近藤を見る
「ええ、真でございます-----」
「な、何て-------!」
"ドサッ"
明人は、自分が座っている座席の背もたれに
深く背を預ける
「じゃあ、俺は、その、尚佐御大が
すでに別の女と関りを持っていた時に
生まれた子供-----」
「そうで御座います------」
近藤が、自分に沿う様に横に座っていた
征四郎を見上げる
「私は、それから、満江さまに頼まれて
尚佐さまの事をいくらかお調べする内に
いくつかの事が分かりました------」
「・・・・」
「尚佐さまは、元々、この、叶生野荘の外れにある
鴇与の村の出身の方------」
「そ、それが、何だって叶生野の名前を
名乗る様になったんだ?」
「お、おそらく------ごはっ」
「お、おい」
「鴇与の村の者は、この叶生野の村の中でも、
すでに叶生野の一族である事も
忘れ去られた様な
家格の低い家で御座います...」
「それで、自分を家格が高い叶生野の家の一族だと
偽る事で、親父は叶生野の一族に
入り込んだって事なのか...」
「そ、そして、
尚佐さまは、そのまま、御自分の
才覚で、満江様を娶(めと)り、
この叶生野の中で御代の座まで
登りつめて行ったのです...」
「血の家」 七十五雫
「・・・・!」
"キキィッ!"
「な、何だっ」
「------皆さま、お下がりを...」
自分が乗って来た車に、
征四郎たちを案内しようとしていた
近藤のすぐ側に、黒塗りの車が停まる------、
「ガチャ」
「ガチャ」
「------善波さん」
「ああ...」
"ガサッ"
善波、征四郎は、脇に転がっていた
太い棒の様な木の枝を掴む
「------何用だ」
「・・・・」
"ザッ ザッ ザッ ザッ....."
車から降りて来た二人の男は、
何も答えず、無言で近藤の側まで近寄ってくる
「何を------」
"ズダンッ!"
「っあっ」
"ズサササササササササッ"
「こ、この野郎!」
「・・・・」
"ガッ"
「な------!」
男は、殴りかかって来た明人の腕を無言で掴む
「・・・・」
「ぐ、ぐぁああああああっ!」
"ガキィッ"
そして、それと同時に掴んだ明人の腕を
あり得ない角度にねじり上げる
「セ、セイシロー!」
「ぐぁぁああああっ!」
「カランッ」
「・・・・」
男は、明人が倒れたのを見ると、
尤光の前を素通りし、
征四郎、善波、ジャンの元へ向かってくる
「------ッ、」
善波が、男に向かって、手にした
太い木の枝を構える
「・・・・」
善波を見てまるで動じる様子も無く
男は一直線に善波に向かって突き進んで来る
「-------ッ」
"ビュンッ"
「(------ッ!?」
"ガッ"
「------おらっ」
"ガンッ"
「(雅か-------!)」
善波と男が打ち合っている横で、
征四郎は、手に木の枝を持ちながら隙を伺う
「------キサマっ」
「・・・・」
"ガッ"
「ぐっ!」
"ビュンッ"
「う、うおおおおっ!」
"ズサササササササッ"
男は、腕に何かを仕込んでいるのか
善波が打ち付けている棒を腕で払い、
そのまま善波の胸ぐらを掴み、
善波が吹っ飛ぶ!
"ガッ"
「(--------!?)」
「こ、近藤!」
「ぜ、善波さま!」
「(---------!)」
"ビュオンッ"
「が、がぁ・・・・」
"ズサササササササッ"
「・・・・!」
「Bitch!!」
近藤が、男のズボンの裾を掴むと、
征四郎が、男が態勢を崩したのを見て、
手にしていた木の枝を男の頭に叩きつける!
「-------Screw you!」
そして、それに意識を
取られていたもう一人の別の男に
ジャンが、強烈な体当たりを浴びせる
「-----く、くぉっ」
「(---------!)」
"ビュオンッ"
「・・・ッ!!」
"ゴガッ!!
男が体をジャンに抱えられながら
地面に倒れたのを見て、
征四郎は、男の顔面目掛けて木の枝を振り下ろす!
"ゴンッッ!!
「・・・・」
"バタッ"
「血の家」 七十四雫
「だ、誰だ!」
"バッ"
突然、部屋の扉が開いたことに、
部屋の中の全員が身構える
「---------、」
"コッ コッ コッ コッ....
「だ、誰だっ」
「・・・・・」
サングラスをした男は、部屋の外から
窓の光が差す部屋の中へ、
静かに、そしてゆっくりと歩いてくる
「(あ、あれは-------!)」
「皆さま、"お迎え"に上がりました-------」
「・・・・!」
スーツを着た男が、サングラスを外す
「------近藤ッ!?」
「すでに、葬儀の時間まで
あとわずかしかございません-------」
「な、何でお前が!?」
「早々に、ここから
お発ちなって頂かないと...」
「・・・・!」
「-------っ」
「!」
「!!!」
部屋の中の全員が驚きを浮かべる中、
まるで表情を変えず、その場で立ち尽くしている
征四郎の元に近藤が歩み寄ってくる
「征四郎さま-------...」
「やっぱり、アンタだったのか------」
征四郎は、近藤の白革の手袋の上に握られている
サングラスに目を向ける
「お分かりになられていましたか-----」
「・・・?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「なあ、征四郎くんっ」
"ザッ ザッ ザッ ザッ....
近藤の後に従い、征佐の屋敷を歩いて行く途中で
善波が隣にいた征四郎に話し掛ける
「まさか、近藤がサングラスの男だとは...」
「・・・・」
「・・・気付いてたのか?」
自分の言葉にまるで表情を崩さない征四郎を見て、
善波が促す様な表情を見せる
「-----今までの、あの男は
何度も俺達の前に
姿を現していた------、」
"コッ コッ コッ コッ...."
「そして、何故かいつも都合のいい時に
俺たちに届けられる封筒------、」
「ま、まあ、そう言えばそうだが...」
"コッ コッ コッ コッ"
「そして、最後は近藤の手から
まるで、今回の事が始めから分かっていた様に
"雅 尤光 鳰部"の文字が書かれた手紙が
俺達の元に届けられた....」
「確かに、そうなるとサングラスの男が
近藤だってのも、頷ける話かも知れんな...」
「さあ、こちらへ-------」
近藤は、屋敷の入り口を開け、
外にある車の方へ全員を案内する-----
「血の家」 七十三雫
「しかし-----、」
更に数時間ほど時間が経っただろうか。
「--------..」
誰に話し掛けているか分からないが、
善波が部屋の中の空間を虚ろ気に見ながら喋り出す
「・・・さっきの話からすると、
特段、雅にも御代を継げる様な
特別な理由がある訳じゃないんだろう?」
「--------、」
「それなのに、雅はわざわざ俺達を
こんな所に閉じ込めてる-----」
「・・・・」
「一体何の意味があるって言うんだ?
特に、俺達をこんな所に閉じ込めた所で
いずれ何日か経てば
俺たちの存在は叶生野荘の
知れる所になる-----、」
「確かに....
この場所には、今尚佐お祖父様の葬儀で
かなり叶生野に関わってる
人たちも集まってるし...」
少し離れた場所に座っていた尤光が
善波の言葉に同調する
「・・・・」
「そう言えば、葬儀の日は、
もう、今日か-----?」
「そうみたいね------」
部屋の中に一つしかない窓から
尤光が薄っすらと差し掛けている
朝の光に目を向ける----
「俺達を数日こんな所に閉じ込めた所で、
あまり大した意味が
あるとも思えないんだが-----」
「・・・・」
確かに、善波の言う通り
征四郎たちは雅にここに閉じ込められはしたが、
だからと言って、御代の後継者争いが
治まった訳でも無い
「雅は、何の意味も無く、俺達を
ここに閉じ込めただけって事なのか?
俺達を数日ここに閉じ込めてる間に、
何かあるって事なのか?」
「------わざわざ、俺達を騙して
この状況に追い込んだって事は
雅にはそれを上回る
"理由"がある------」
「・・・・」
明人が、自分の考えを喋るが、
部屋の中にいる征四郎たちはまるで声を上げない
「----待てよ?」
「・・・兄さん」
明人の隣に座っていた正之が口を開く
「----今日の、御代の葬儀------、」
「--------、」
「その葬儀には、今、この叶生野荘に集まった
叶生野に関連した人間が
ほぼ全て集まっている...」
「-----だから何だ?」
結論を急いでいるのか、促す様に喋る善波に
正之は少し早口になる
「もしこのまま、俺たちが
その葬儀の場に姿を現さないとなれば
おそらく、今回の葬儀の喪主は
"雅"---------」
「・・・そうなるな」
「もし、その、叶生野の
関連の者たちが集まった場で
何か、雅の"御代"を証明する様な
物があったとしたら-----...」
「-----"!"」
「・・・この叶生野荘に集まった
叶生野の傘下の者たちは、
"雅"を次の御代に
認めるんじゃないか----?」
「・・・系図か」
明人がボソリと呟く
「つまり、雅は、今日の午後に行われる葬儀、
その場所で、叶生野関連の者が
集まるのを見計らって、俺達がいない所で
ある程度確からしい証拠を
集まった人間達に見せつける事で
自分が御代の座につこうとしてる-----」
「・・・確かにそれならあり得るな」
征四郎の言葉に、明人が同調する
「じゃ、じゃあ、雅は
その葬儀の日を狙って、俺達をここに閉じ込め
自分が御代だと言う事を周りに知らせて、
なし崩しに自分が御代の座に
就こうって腹か-----?」
「・・・俺達、叶生野の本流の人間がいれば、
確たる遺言や証拠がなければ、
御代の座につく事は不可能だが、
だが、俺たちがいない場所、
そして、今回の葬儀の様に
ほぼ全ての叶生野の傘下の
人間が集まった理事会の様な場所で
さっきの系図や何かを見せれば、おそらく
雅が次の御代になる事を
止める人間はいないだろう------!」
「そ、それが、雅の狙いか-------っ」
「ガチャ」
「ッ!?」
突然、征四郎たちのいる部屋の扉が音を上げる
「血の家」 七十二雫
「・・・・」
血の家
七十二雫
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
三十分程時間が経ったろうか。
「雅-------、」
ずっと押し黙っていた明人が
部屋の中に向かって声を上げる
「あいつが、しおらしく
俺たちに協力すると言った時点で
少しおかしいと思ったが------」
「・・・・」
"カンッ"
明人が部屋の中に向かってもう一つ小石を放り投げる
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
明人が喋ったぎり、再び部屋の中は沈黙に包まれる
「------、」
「--------、」
「--------....」
「明人--------、」
「・・・・何だ?」
征四郎が明人に向かって口を開く
「アンタたちは、雅に唆(そそのか)されて、
俺たちをこの館で
罠に掛けようとした....」
「-----だったらどうした」
「・・・・」
開き直っているのか
まるで自分の非を認めようとしない
明人の言葉を気にもしていないのか
征四郎はそのまま話を続ける
「-----雅は、アンタ達に、
何て言ってここまで連れて来たんだ?」
「ああ...」
「おい、明人。」
「・・・・・」
"スッ"
すでに隠し事をする必要も無いと思ったのか
自分の言葉を止めようとしている正之を
明人は片手で制する
「別に、お前が知ってる様な事と
同じ様な事だ-----」
「・・・アンタたちが尚佐御大の息子じゃなく、
俺が尚佐御大の子だと言う事か?」
「-----そうだ」
"スッ"
「・・・・!」
地面で片膝を立てていた明人が
部屋の中で立ち上がる
「この、叶生野一族で、本流の俺達ではなく、
まるで関係の無い身分だと思っていた
お前が、御代になる-------、」
「・・・・」
「クククククク....」
「------何を笑ってるんだ?」
「・・・・」
明人は、征四郎に皮肉めいた笑みを浮かべる
「こんな馬鹿な話はあるか-----?
今まで、叶生野の血は、
俺達、四人----、
いや、善波兄さんを入れれば五人か....
そう思ってたところに、
突然、雅からあのダムの村の
話を聞かされた...」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「とりあえず、そう言う事------。」
「じゃあ、御代の継承権は
俺達じゃなく、あの、
征四郎にあるって事なのか-----?」
叶生野の屋敷の応接室で
明人は、テーブルの前に立っている雅を見る
「さあ------、
そこまでとは言えないけど、
どうやら、御代を継ぐその権利、
"血"は、征四郎の方が濃い様ね-----」
「そ、そんな事------!」
「このまま、征佐が見つからず、
御代の権利が曖昧な状況のままだと
おそらく、次の御代は-------」
「・・・"征四郎"になるって言うのか!」
「その可能性は充分にあり得る------」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「だから、お前らは、雅と結託して、
この"征佐"の屋敷で、
俺を罠に仕掛けようとした....」
「・・・・」
明人は、征四郎の言葉に何も答えず
目を細め、何も無い
自分の足元の辺りに視線を向ける
「まあ、どの道こうなった以上、
今さらどうなる訳でもないがな...」
「・・・・」
「血の家」 七十一雫
「-----携帯は?」
「ああ、どうやら、雅が俺たちの車から
持ってったみたいだな...」
「お前らは、携帯は持ってないのか?」
明人が、固まって座っている
善波、ジャン、征四郎に目を向ける
「ああ、雅は俺たちの携帯も
色々理由を付けて持ってったからな...」
「-----間抜けな話だ」
"ドスッ"
明人は、座ったままの姿勢で
自分の背中を壁に付ける
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
部屋の中が沈黙に包まれる
「(・・・・・)」
征四郎が、少し離れた場所で
壁にもたれかかり、何をする訳でも無く
ただ、佇んでいる明人に目を向ける
「(・・・・)」
とりあえず、雅の罠にかかり、
今は同じ部屋にいるが....
「-------チッ」
明人は片膝を付きながら
地面に転がっていた小石か何かを
部屋の中に放り投げる
"カランッ"
「(・・・・)」
どこか行く宛てがある訳でも無く
とりあえず、征四郎たちはこの
鳰部の館へと戻ってきたが、
今、目の前にいる明人、尤光、正之は
先程まで自分をこの館で
罠に掛けようとしていた相手だ。
「・・・・・」
尤光たちは何も喋らず、
征四郎も、尤光たちと話す事はない
「・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「血の家」 七十雫
「結局、俺らは、あとどれくらい
この場所にいるんだ-----?」
雅に罠に掛けられ、中州に取り残された
征四郎たちは、ある程度冷静さを取り戻したのか
鳰部の館まで引き返していた...
「-----さあな、分からん」
「ちょっと、平気なの?」
明人が、自分の前にハンカチを差し出して来た
尤光の手を払いながら、善波の言葉に答える
「雅は、俺達をここに
置き去りにしていった様だが...」
暗い、一つの窓から
薄い光だけが差してくる館の一室で
善波が周りにいる
征四郎、明人、正之、尤光、ジャンに目をやる
「ミヤビは、ワタシたちココに
トジコメテ、どうするノ-----?」
「・・・分からんな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「一体、いつまでここにいるって言うんだっ!?」
すでに、雅がこの鳰部の集落から
去って半日余りが過ぎたが...
「-----まさか、このまま
ここで飢え死にするって事じゃないよな?」
「------それは無い」
「征四郎....」
動揺した様な素振りを見せている正之に向かって、
宥(なだ)める様な口調で
征四郎が正之に喋りかける
「いくら、雅が御代になろうとしてるとは言っても
それで、俺達全員を殺すと言う事は
あり得ないんじゃないか?」
「-----何でそんな事が言える」
「他の、この叶生野荘に集まっている
人間たちの目もある。
そこで雅が俺達全員を殺すなんて事をしたら
雅だってタダじゃすまないだろう。」
「....」
征四郎の言葉に、正之は
安堵(あんど)した様な表情を浮かべる
「-----しかし...じゃあ、雅は
何だって俺達を
この館に閉じ込めたんだ...?」
「・・・・」
善波が問いかけてくるが、
征四郎にもその答えは分からない
「俺達をここで足止めしたところで
遅かれ早かれ、早晩、
俺たちがいなくなった事は
叶生野荘の連中に知られてしまうだろう?」
「そうだな・・・」
「だったら、俺達をここで足止めしても
何の意味もないんじゃないか?
俺達をここで殺さない限り、
どの道、しばらくすれば叶生野荘の連中が
ここに来る事になるだろう?」
「(・・・・)」
「血の家」 六十九雫
「あ、あの野郎ーーーーーっ!」
"ダンッ"
橋を支えている大きな杭(くい)の
横にいた明人が力任せにその柱を殴りつける!
「は、はじめから、このつもりで-----!」
「俺達を御代にするって話は、
嘘だったのか------!」
「・・・おい、どういう事だ?」
「善波兄さん・・・・」
橋の前で、我を失っている三人に
征四郎の隣にいた善波が近寄って行く
「-----見ての通り。
・・・
私たちは今、雅に騙されて
この、中州に置いてけぼり------」
"スッ"
善波の脇から征四郎が
おどけた態度を見せている尤光に近付いて行く
「-----さっき、お前らは協力して
俺をここに連れてくるだとか、
何だとか------」
「....ククククク」
明人が歪んだ笑みを浮かべる
「そうだ...俺達は
征佐がこの鳰部にいると聞かされて
お前をここに連れ出し...」
「この館に罠を仕掛けたのは
お前らか-----?」
「-----フッ」
明人は自嘲するような笑い顔を見せている
「そうだ------、
あの雅の系図によれば
お前、征四郎は
尚佐御大の息子-------...」
"系図"とは、どうやら雅が
鴇与の村で見つけた系図の事を言ってるらしい
「しかも、その系図によれば
俺達三人は、御大の
実の子でも何でもないみたいじゃないか...」
「・・・・」
征四郎は何も言わず、明人を見る
「だから、俺たちは
お前らをここに呼び寄せ
お前らは、ここで
不慮の死を遂げる------、」
「-------、」
「その筈だった...」
「・・・・」
「そんな事が、許されると思うか?」
「...ククククク」
「(コイツ-----)」
すでに開き直っているのか
不快な笑みを浮かべている明人に
征四郎の表情が歪む
「あり得ないんだよ-----?
我々、叶生野の一族を差し置いて
お前の様な傍流の、
名前すら知られていない様な
小賢しいだけが取り柄の人間が
次の御代になるなどと...」
「おい、キサマ・・・」
「!?」
"ガキッ"
「っあっ!」
「ぜ、ゼンバ!」
「に、兄さん?」
"ズササッ"
征四郎の隣にいた善波が
明人の元に歩み寄り、明人の顔面に拳を浴びせる!
「な、何を------!」
「お前ら・・・・」
地面に片膝をつき、顔を左手で
拭(ぬぐ)っている明人を善波が上から見下ろす
「そもそも、御代の権利はこの場にいる
全員にあるものだ...」
「-----だ、だから」
「それを、お前ら三人は
自分が御代になりたいが為に
征四郎くんに卑劣な手を仕掛け
自分達の思うがままに
俺達を操ろうとした------、」
「クククク...」
「何で笑う-------?」
善波が、明人を見る
「俺達、兄弟-----、
いや、すでに兄弟ですらないか...
俺たちは、この叶生野の御代になれるのなら、
人を殺す事を
ためらったりはしない-----!」
「き、キサマッ!」
「に、兄さんっ!」
「ぜ、善波さんっ!?」
「血の家」 六十八雫
「お、おい! 雅っ!?」
「な... どこへ行くって言うの!?」
「(尤光------!)」
征四郎が、館から外に出て
二瀬川の橋の方に向かって走って行くと
橋のすぐ手前に、一台の車。
そして、そこに、雅や、尤光兄妹の姿が見える
「------ごめんなさい、姉さん...」
「な、何言ってるの!?」
尤光は、橋を挟んで反対側の場所に立っている
雅に目を向ける
「悪いけど、尤光姉さんたちには
しばらく、その中州で
過ごしてもらうわ...」
「な、何を言ってるんだ!?」
「お、お前は俺達を御代にするって
言ってたんじゃないか!?」
「・・・・」
"バサッ"
橋の反対側で叫び声を上げている
尤光たちに、顔色を変えず雅は
長い髪をかき上げる
「私も、尤光姉さんが
御代になったとしたら------
どんなに素敵な事かと思ったのだけど...」
「だ、だったら・・・」
「でも、尤光姉さんには、
どうやらその"資格"は
ないみたい-----、」
「な、-----、
アンタッ!? 騙したのっ!?」
「・・・・・」
興奮している尤光に雅は涼し気な表情を浮かべる
「あ、アンタがっ!
征四郎をここに連れて来て
それで罠に掛けるなんて言うから
わざわざ私たちが
ここに来たって言うのに-----っ!?」
「-----ごめんなさい」
「ふ、ふざけないでよっ!」
「------小原」
「はっ----。」
「な、何を-----!」
尤光が橋に手を掛けようとした瞬間、
雅は、自分の脇にいた部下に向かってアゴを傾ける
"ギィィィイイイイイイイイイイイイ"
「・・・・・!」
「尤光姉さん------、
そして征四郎--------、」
「・・・・」
「せ、征四郎っ!?」
この場に駆けつけて来た征四郎に
尤光や正之が驚いた顔を浮かべる
「しばらく、アナタ達には
その、中州で
お休みになられたら-----?」
「な、何を------!?」
"ザンッ!"
「"!"」
"バララララララッ!"
「は、橋が-------!」
雅の合図に、部下の男が車の中から
チェーンソーの様な物を取り出し
それを、橋を支えている
木製の柱に向かって押し当てる
"ギィィィィィィィィイイインッ"
「ご機嫌よう--------、」
「ガチャンッ」
「は、橋が-------!」
"ブロロロロロロロロロッ"
「い、行っちまった-------!」