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「吉良 宣直(拾弌)」

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吉良 宣直(拾弌)

 

宣直が当主になって、

 

十年余りの歳月が流れた

 

国境(くにざかい)の東に

 

基盤を置いていた本山家は、

 

その勢力を、日を追うごとに拡張し、

 

ついには吉良城から二里ほどの場所に、

 

朝倉城を築いた。

 

「と、殿!」

 

宣義亡き後、家老に納まった

 

木田が、相も変わらず

 

側小姓の様な走り方で、

 

宣直がいる天守に駆けてくる

 

「と、殿! 本山家が」

 

宣直が当主になって数年、

 

本山家は、吉良家と密になろうと、

 

再三、調物(ちょうもつ)や、

 

事ある毎(ごと)に書をしたためてきた

 

初めこそ家格の違いか、

 

吉良家を立てているような素振りを見せていたが、

 

名門・吉良家の名跡を欲しがっている事は

 

見え透いていた

 

「・・・何事か」

 

初めの内は、木田の大袈裟な物言いに

 

一々関心を抱いていた宣直だったが、

 

壮年期をとうに越している宣直には、

 

木田のその物言いが、勘に触る様になっていた

 

「も、本山が朝倉に城を築きまして御座る」

 

宣直は別段驚きもしなかった

 

ここ数年、本山家は、徐々にだが、

 

吉良家に対して

 

高圧的な態度を見せるようになっていた

 

吉良家に対して、戦意があるのは

 

分かりきった事だった

 

「・・・」

 

宣直が大した関心を示さないことに、

 

木田が驚いている

 

「と、殿、いかが成されるおつもりか」

 

「案ずるな、既に手は打ってある」

 

本山家に戦意があるのが判然としている以上、

 

宣直は本山家に対して、策を講じる必要があった

 

だが吉良の国力では、本山家が攻め入ってくれば、

 

塞(ふせ)ぎ切れぬかも知れぬ

 

宣直は、そう考え、土佐守護代である、

 

西の国境の一条家と誼(よしみ)を通じていた

 

「すでに一条に謀りかけておるわ」

 

宣直が憮然とした態度で木田を窘(たしな)める

 

「し、して、一条は何と」

 

「本山が攻め入ってくれば、

 

 一条から援軍を出す、とな」

 

それを聞いて、木田の顔が綻(ほころ)ぶ

 

「そ、それなら安心で御座るな」

 

本山家と東の国境を一(いつ)にする様になってから、

 

四十余年、本山は表面(おもてづら)では常に下手に出、

 

吉良と槍を合わす事はしなかった

 

「そ、それより、今日の政務は

 

  いかが為されるお積りか?」

 

「・・・そろそろ鮎(あゆ)の時期じゃ。

 

  領民共も手が足りぬと申して居(お)る」

 

「・・・・・」

 

「これ、さっさと城中の者を呼び寄せぬか」

 

「・・・と、申すと?」

 

「国の基(もと)は領民であろうが。

 

  ここで我らが手本を示さねば、

 

  どうして領民の心を得られようや」

 

「な、なるほど! 妙案でござる!」

 

正座していた木田が、膝(ひざ)を

 

「ぽん」

 

と叩きながら宣直に返答する

 

「そ、それでは拙者は家中に早速下知しに...」

 

そう言うと、木田は勇み足で

 

天守の階段を駆け下りて行った

 

「全く...君と臣とはこの様で無ければな」

 

木田が引き戻してくる

 

「と、殿」

 

「何じゃ」

 

「城下に出る者はいかがなさるか」

 

宣直は少し考え、木田に申し付ける

 

「主だった者を全て呼べ」

 

「か、かしこまって御座る!」

 

「・・・・」

 

木田が天守から出て行くのを、

 

宣直は睨みつける様な目付きで見る

 

「(本山の民も加わっておる

 

   仁淀川での鮎漁ならば

 

   本山も兵を出す事はせぬ)」

 

「・・・・」

 

「(それに、本山と共に鮎猟を行えば、

 

  お互いの関係も多少は上向くであろう)」

 

「バサッ」

 

宣直は、百姓の装束に身を包むと、

 

天守を後にする