おめぇ握り寿司が食いてえ

様々な小説を紹介

「吉良 宣直(九)」

f:id:sevennovels:20211101175316j:plain

吉良 宣直(九)

 

刻限は晩九つになっていた

 

朝方に狩りに出た宣直は、

 

未だ城に戻らなかった

 

宣直の居室である天守の間で、

 

宣義は一人、黙々と、家の雑務を処理し、

 

漸(ようや)く、その全てを終え、

 

髷(まげ)の元結(もとゆい)を緩めていた

 

「これでは誰が主か分からぬな」

 

本来ならこの場所、この刻限には、

 

主である宣直がいる筈である

 

「人間五十年、などと申すが、

 

 儂も当年取って五十六か」

 

天守の間にある、南蛮製の鏡を覗き込み、

 

宣義は、深く溜息(ためいき)をついた

 

「引かば押し、押さば引く

 

 手綱(たづな)も要は引手次第と申すか

 

「・・・・」」

 

ふと、宣経の事が思い出された

 

元々、この吉良の家は先々代の

 

宣忠の代に、跡目が定まっていなかった

 

通常、戦国の跡目は、

 

長子が相続するのが常であるが、

 

宣忠(のぶただ)が高齢になり、

 

次の当主を定める段になっても

 

宣忠は次期当主を決めかねていた

 

 ある晩、次期当主と目される、

 

 宣経と宣義は、宣忠によって呼び出された

 

奇しくもその場所は、宣義が今居る天守の間だった

 

二人を部屋に通すと、

 

宣忠は二人に向けて、問う

 

「・・・

 

 西に一条、東には国人衆が群れをなし

 

 この土佐の地は、休まる場所が無い」

 

「左様で御座るな」

 

宣経が相槌(あいづち)を打つ

 

「然(しか)らば、今何をすべきか」

 

宣忠の不意の問いに、二人は顔を見合わせ、黙った

 

二人が答えに窮(きゅう)していると、

 

宣忠が更に問う

 

「お主らが当主だとしたらどう考える」

 

二人はその問いに、感付いた

 

"次の当主は誰か"

 

宣経が先に答える

 

「・・・

 

 そうで御座いますな

 

 西の一条は、この土佐の守護代であるがゆえ、

 

 礼を持って、接し、その庇護(ひご)に

 

  入るがよかろうと存じまする」

 

「従属せよ、と言う事か」

 

「何、従属とは申しても、

 

 それは形だけ

 

 今は国力を蓄え、様子を見るべきで御座る」

 

宣忠は、宣経の返答に、

 

何ら表情を表さず聞いている

 

「では東の国人衆はどの様にする」

 

「・・・

 

 所詮有象無象(うぞうむぞう)の集まりで御座る、

 

 我が領地の東の境には峻険(しゅんけん)な

 

 剣の山があるゆえ、

 

 それを越えて攻め入って来るには

 

 かなりの労を割(さ)きまする

 

 余程纏(まと)まらんと、まずこちらには

 

  攻め入っては来れぬでしょう」

 

「では、放って置け その様に申す訳じゃな」

 

「左様ですな」

 

宣忠が、宣義に向き直る

 

「宣義、お主はどうする」

 

宣義は下を向き、少し考え、答える

 

「・・・

 

 まず家を固めるべきで御座いましょう

 

 主が居らぬでは、

 

 国人も纏まるに纏まれず

 

 今この吉良家を考えますると、

 

 確固とした主が居らず、

 

 それ故、領民の考えが纏まりきれて居りませぬ

 

 先ずは確固とした序列を定めるのが筋でござろう

 

 五体で考えれば、体が細くては

 

 手足は満足に動かぬ物で御座る」

 

宣忠が問う

 

「では、次の当主は誰がふさわしいと思う」

 

家中には次期当主に宣義を推す声も多かった

 

堅田家との戦での武功も優れ、

 

弁が立ち、高い学識を持った

 

宣義の方が当主にふさわしい

 

そう思う者も少なからずいた

 

「主家に先立ち、跡目を継ぐは

 

 家中の乱れを招きましょう

 

 当然次の当主は大殿の長子である、

 

 宣経殿が継ぐが筋かと」

 

「家中には宣義、お主を推す声も多いが」

 

「才気煥発(さいきかんぱつ)と目(もく)されても、

 

 それだけで家は纏まりませぬ

 

 家格や道義が合わさって居らぬと、

 

 絵に描いた餅(もち)で御座る

 

 才気は人伝(ひとづて)には

 

  伝わり難き物で御座るが、

 

 家格はこの日の本に居れば

 

 どの国でも通じる物で御座る」

 

宣義の、宣忠に対する返答を聞き、

 

宣経は内心驚いた。

 

今の今まで、吉良家では次期当主に関して

 

論ずる事は家中では避けられていたが、

 

その跡目争いの当人である宣経は、

 

少なからず宣義に

 

敵愾心(てきがいしん)を持っていた

 

「お主は当主にはならぬ、そう申すか」

 

「左様で御座る」

 

宣忠の問いに、宣義が答える

 

宣経が訝(いぶかし)しんで宣義に問う

 

「お主は真にそれで良いのか」

 

宣義は不思議に思った

 

跡目を継ぐのは、当然宣忠の

 

長子である宣経が継ぐのが正当で、

 

宣義本人は、当主に成るなど、

 

考えもしていなかった

 

「家中の者は、口には出さねど、

 

 お主を推す者も多い」

 

宣経の問いに、宣義が答える

 

「左様でござるか」

 

「これがどう言う事か分かるか」

 

「・・・」

 

「長子で正統である儂を差し置いて、

 

 お主を推す者が多々いると言う事は、

 

 家臣共は皆お主の方がこの儂より

 

 当主にふさわしい、

 

 そう思うて居るのよ」

 

宣経が言う事も最もだった

 

「・・・

 

 人と言う者は目先に囚われがちで

 

 目に見える物に従いたがる癖がござる

 

 然れども、小利に囚われず、

 

 大義を見る事が肝要なのでは御座らんか」

 

宣義はそう言うが、

 

宣経はこの言葉の意味が分からなかった

 

宣義が言葉を継ぎ足す

 

「如何に才気煥発なれど、

 

 お家に争いを起こしては元も子もござらん

 

 仮に儂が当主になって、お家に血が流れるのと、

 

 宣義殿が国主となって、

 

 儂がその臣下になるのとでは、

 

 どちらがこの家のために

 

 なるので御座いましょうか」

 

宣義が言葉を継ぎ足して、

 

宣経は漸く宣義が言っている事が分かった

 

そして、それと同時に、己を恥じた

 

「この宣義、宣経...

 

 いや、殿

 

 殿のためなら身命を投げ打つ所存で御座いまする」

 

宣義がそう言うと、宣忠、宣義は

 

それ以上何も言わず、

 

暫くして宣忠が亡くなると、

 

その後には宣経が続き、

 

宣義はそれ以降常に宣経と共にあり続けた

 

「・・・・」

 

 天守の間で、宣義は我に返り、

 

 隣にある鏡を覗き見ると、そこには

 

 年端(としは)も無く

 

  笑い顔になっている自分の顔が見える

 

「そろそろ床につくか」

 

宣義が天守から出ようとすると、

 

廊下からけたたましい足音が聞こえて来る

 

順列をまるで感じさせないその足音に

 

宣義の顔色がみるみる変わっていく

 

「ガラ」

 

天守に入って来た男を、宣義が睨み付ける

 

男は酒が入っているのか、

 

宣義を見つけるとまるで小間使いを

 

見つけた様に喜々としている

 

「お、お」

 

宣直がよろけている

 

その後ろに毎度のごとく、木田も付き従っている

 

「どうなされた」

 

静かに宣義が尋ねる

 

宣直は大分できあがっている

 

「ど、どうしたもこうしたも...

 

 見ろ 宣義!

 

 これ」

 

宣義が持っていた袋から何かを取り出し

 

それを宣義の前に放り出す

 

「何で御座るか これは」

 

宣義が怒りを出さぬよう、静かに聞く

 

「・・・

 

 分からんのか お主」

 

「分かりませぬな」

 

「お主もずい分衰えた様じゃの」

 

「左様で御座いまするか」

 

宣直が放り出した死体は、かなり異臭を放っている

 

「この うつけ!

 

 鶴! 鶴じゃ!」

 

「鶴で御座いますか」

 

「こ、これは何とも目でたい!

 

 殿! 鶴で御座いますぞ!」

 

酔いに任せて木田が喋る

 

どうやら宣直は、狩猟に出て、鶴を捕らえたらしい

 

宣直が放り投げた鶴を、宣義が

 

汚らしい物を触る様に

 

机の前に置いてあった扇子でつ突く

 

それを見て、木田が慌てた様子で

 

宣義を咎(とが)める

 

「こ、これ! 宣義さま!

 

 それはござらぬ! ござらぬぞ!」

 

「ござらん! ござらん!」

 

酔っているせいか、木田に合わせて宣直も

 

調子の良い笑顔を浮かべる

 

「ござらん! ござらん!」

 

「ひえー」

 

「ほれほれほれほれ」

 

「ござる ござる」

 

「それそれそれそれ」

 

宣直が宣義の周りを

 

千鳥足(ちどりあし)で回りだす

 

木田もそれに合わせて宣義の周りを回りだす

 

「それそれそれそれ」

 

「鶴鶴鶴鶴」

 

「あ、はいはいはいはい」

 

「・・・・!」

 

宣義の月代(さかやき)に

 

血管が浮かび上がる

 

「あ、それそれそれそれ!」

 

「・・・・っ」

 

尚も宣直は宣義の周りを回る

 

段々と、宣義を回る間が速くなる

 

木田もそれに合わせる

 

瞬間、

 

宣直が一物を取り出し、

 

それを宣義の月代に乗せる

 

・・・

 

「この痴れ者がぁ~っ!!」

 

宣義はあまりの事に我を忘れ、

 

宣直を大喝し、宣直を力任せに突き飛ばした

 

「ガシャ」

 

宣直が勢いよく部屋の隅まで吹っ飛ぶ

 

「・・・」

 

木田は目を見開いて、何も喋らない

 

「き、貴様 主に向かって何をするかっ」

 

木田は何故か鶴の死体を

 

両手で首を絞めるように握っている

 

「・・・

 

 主?

 

 主かっ 貴様が」

 

吐き捨てるように宣義が言う

 

「な、なにを」

 

「小僧が」

 

宣義は既に我を失って、もはや

 

宣直が当主だという事も忘れている

 

「こ、小僧」

 

「小僧を小僧と呼んで何が悪い」

 

木田が割って入る

 

「宣義殿! 当主に向かって何たる...」

 

「黙れ! この胡麻擦り」

 

木田が絶句する

 

宣直と木田が押し黙ると、

 

宣義は我を取り戻したのか

 

「御免仕る」

 

そう言って天守を足早に出て行く