おめぇ握り寿司が食いてえ

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「吉良 宣直(拾)」

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吉良 宣直(拾)

 

「宣義はどうしておる」

 

件(くだん)の件により、宣義は宣直によって

 

城外の牢獄(ろうごく)に禁固を命じられた

 

通常、罪人は、即刻処罰を与えて

 

処(ところ)払いにするか、死罪を付けるのが

 

慣例であるが、

 

家老と言う大臣の身分である

 

宣義に憚(はばか)り、宣直は、宣義に

 

対し、城外の牢獄に禁固を申し付けた

 

血縁である宣義に、

 

主筋が誰か、はっきりと示すために、

 

宣直は宣義に対し、

 

これ以上の手が浮かばなかった

 

「出された椀(わん)などにも一切手を付けず、

 

 目を閉じて日がな一日

 

  座って御出(おい)でで御座る」

 

尋ねた牢屋目付けがそう言うと、

 

宣直は、脇に置いてあった刀を手に取り、

 

城を出て行った

 

 馬に跨り、五、六町程行くと、

 

 宣義が納められている座敷牢に辿り着いた

 

宣直もとりあえず宣義に禁固を命じたはいいが、

 

その後の事をどうするかは考えていなかった

 

後ろに付いて歩いている木田が口を開く

 

「・・・

 

 宣義殿も御年(おんとし)五十六になられまする

 

 この辺りで身を引いて貰(もら)っては如何か」

 

木田の申し付けに、思わず頷きそうになったが、

 

宣義には今までの吉良家に対しての

 

俊功(しゅんこう)があり、家臣の人望も篤(あつ)い

 

「・・・」

 

押し黙ったまま牢屋敷を少し歩くと、

 

牢番が目に入る

 

「と、殿」

 

「下がれ」

 

牢番を木田に預け、

 

牢内を見渡す

 

牢内にいる男と目が合った

 

「儂が誰か分かるか」

 

宣直が切り出す

 

「この藩の御当主で御座る」

 

宣義が答える

 

「君臣直(なお)ざれば、筋目が通らぬのは分かろう」

 

宣直が続けるが、宣義が直ぐに言葉を返す

 

「君臣を説きたいのであれば、

 

 君らしく振舞うのも筋

 

 王道とは、斯様な狭き考えの内に修まる物では

 

 御座らん」

 

宣義は、言葉を続けるが、

 

宣直にはこの言葉の大義が分からない

 

「お主は儂にやれああせい、こうせいなどと

 

 口やかましく言うが、

 

 それを家臣が見たらどうなる、

 

 慢(あなど)られるであろう」

 

「・・・」

 

宣直の問いに、宣義は答えず、

 

ただ目を閉じている

 

少し沈黙が続いた後、

 

宣義が口を開く

 

「君と言う者は、内には大義を秘め、

 

 外には深謀遠慮を持って振る舞い、

 

 憂(うれ)いを出さぬ者で御座る

 

 然(しか)るに殿を見ますれば、

 

 その辺りが欠けている様に

 

 思われまする」

 

「儂は聖人君子ではない」

 

「古来より人より抜きん出たいと思うならば、

 

 優れた行いを成さねばならぬもので御座る

 

 町人には、町人の、武士には武士の、

 

 領主には領主としての振る舞いと言う物が

 

 有り、

 

 道に背けば、必ずうまく行かぬもので御座る」

 

「・・・」

 

宣直は宣義が言わんとしている事に

 

得心を得なかった

 

宣義が続ける

 

「卑近(ひきん)な例を挙げますれば、

 

 先代、宣経殿と比して、

 

 今の殿の仕様は如何で御座るか」

 

宣義の問いに、宣直は小僧の様な返事をした

 

「今は親父の時代では無い」

 

宣経と同じ時代に生き、

 

苦楽を共にしてきた宣義には、

 

宣経の生を解する事が出来たが、

 

同じ時を経ず、且(かつ)宣経を

 

遠巻きに見る事が殆どだった

 

宣直は、宣経の君主の行いを

 

理解する事が出来なかった

 

宣直にしても、家老である宣義を

 

処断しては、家中に対しても顔が立たず、

 

何とかこの剛情な叔父を

 

懐柔(かいじゅう)し、牢屋から出したいと考えている

 

「お主は儂の何が不服だと申す」

 

宣義にそう問うが、

 

宣義は黙したまま、目を閉じている

 

叔父の仕様に困り果てた宣直は、

 

これ以上言葉が出て来ず、

 

考え込み、黙っている

 

それを遠めに見ていた木田が

 

見かねてこちらまで近づき、

 

宣義に聞こえぬ様、小声で話す

 

「・・・

 

 これは...

 

 何を言っても無駄で御座ろう」

 

宣直が宣義の顔をちらりと見るが、

 

宣義は相変わらず目を閉じている

 

「こうなっては、宣義殿の禁固を解き、

 

 家中の安定を諮(はか)るが

 

 上策と思われまするが」

 

「何をこそこそと話して居る

 

 当主としての面体(めんてい)が有るなら

 

 面と向かって話せ」

 

宣義が目を開け、木田と宣直の話に割って入る

 

「い、いや、此度(こたび)の事は儂も多少

 

 過ぎた行いだったようじゃ」

 

先程とは打って変わって、

 

宣直は、宣義に対してまるで機嫌を取るかの様な

 

話し方をしている

 

宣義はまた目を閉じた

 

「お、お主も獄に繋がれておっては

 

 大分気分も優れぬようじゃ

 

 どれ、そこから出ぬか」

 

宣直が慌てて牢番から錠前の鍵を受け取り、

 

宣義の肩に手を掛けようとするが、

 

宣直が近付くや否や

 

それを宣義が払いのける

 

「それが主の行いかっ!」

 

宣義が突然立ち上がり、宣直に怒鳴る

 

「男子たる者、一度事が起きれば

 

 その考えを曲げぬ物...」

 

宣直は面を食らって尻餅(しりもち)をついた

 

「それを女子の如き振る舞いで

 

 ああだこうだと論じ上げ、

 

 相手が自分の考えに及ばぬとあれば、

 

 機嫌を取る...」

 

木田が驚いている

 

「左様な仕様で主か務まるかっ

 

 家が治まるか!」

 

「・・・」

 

「ど、どうせいと申すのじゃ」

 

宣直が口を聞く

 

「・・・・」

 

宣義は天井を見上げ、寸時(すんとき)

 

表情を変える

 

遠目だが、宣直からは、

 

宣義の目に涙が伝っている様に見えた

 

少し間を開け、宣義が切り出す

 

「最早これ迄。

 

 ・・・

 

 おそらくこれが殿に教える

 

  最後になるで御座ろう」

 

宣直は宣義の言葉に呆然とする

 

「さ、最後とは」

 

「・・・・」

 

宣義は仁王立ちのまま、どかりと座る

 

「儂はここで相果てましょう

 

 そしてそれが殿にとって

 

 最後の教えとなりましょうや。」

 

「・・・」

 

宣直と木田は、その後も必死で

 

宣義を説得しようとしたが

 

宣義は最後に言葉を発したぎり

 

目を閉じ、一切喋らなくなった