おめぇ握り寿司が食いてえ

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「吉良 宣直(参)」

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「吉良 宣直(参)」

 

吉良城下から東に二里、

 

本山家と浦戸湾を背にした高見山に、

 

名来衆を束ねる、前波(ぜんば)家がある

 

吉良家の当主である父宣経の命で、

 

宣直と、宣義は、

 

前波家の内通の嫌疑(けんぎ)を確かめるため

 

出向いては見たものの、

 

凛(りん)とした確証は得られず、

 

高見山から吉良城へと、引き返していた

 

「名来が本山に寝返ったとあれば、

 

 只事ではござらん」

 

宣直は、宣義に問いをかけるが、

 

宣義は何やら思案にくれているようで、

 

返事をしない

 

「叔父御」

 

再び呼びかける

 

宣義は、乗っていた馬の手綱(たづな)を絞(しぼ)り、

 

馬を止めた

 

「・・・

 

 前波が本山家と内通していたとしても、

 

 そう安々と認める訳はござらん」

 

当然の事ながら、敵方と内通していることを

 

疑われて、

 

「左様で御座います」

 

と認める輩(やから)がいる筈(はず)もない

 

「それが分かってるなら何故

 

 我らが出向く必要がある」

 

宣直が憤(いきどお)り気味に宣義に尋ねる

 

「・・・

 

 おそらく殿も、前波が本山と

 

 内通しているとは信じがたいのであろう」

 

もし、本山と吉良家の国境に位置する

 

名来衆の前波家が背けばどうなるか

 

「・・・

 

 早晩(そうばん)遅かれ早かれ、攻めてくるかも知らん」

 

宣直がそう言うが、宣義は一言も発さず

 

吉良城下の道のりを馬を進めていく

 

「叔父御には何か考えでもあるのか」

 

まだ元服したばかりの宣直に、

 

到底(とうてい)叔父の宣義の考えが分かるはずもない

 

 吉良城に辿(たど)り着き、宣経がいる天守に、

 

 宣直と宣義が報告を済ませるため向かう

 

「ガラ」

 

襖を開けると、宣経が焦れた様子で

 

聞いてくる

 

「・・・

 

 して」

 

短い言葉に、宣経の焦(あせ)りが見える

 

「・・・

 

 儂と宣直で前波の家に参ったが、

 

 別段、疑うところは...」

 

宣経は少し安堵した様子だ

 

「前波は親父の代から吉良家には使えているが、

 

 元を正せば地面つきの領民じゃ

 

 吉良家の力が弱まれば、

 

 他家と繋がろうとするのも無理はない」

 

主家の力が弱まれば、譜代の家臣でもなければ

 

他家と誼を通じるのも戦国の倣(なら)い

 

「しかし、敵方と内通しているとあれば、

 

 何かしら処罰を与えるべきでは」

 

宣直が口を挟む

 

宣義が呆れた子供を見るような顔で返答する

 

「・・・

 

 若、そもそも家来、家臣と言う物は

 

 信を持って接するべきで、

 

 軽々(けいけい)と主が、

 

疑いを見せるべきではござらん」

 

若い宣直には、家来と言う物が分かっていない

 

無理を通せばどうとでもなる、

 

犬や雉(きじ)と同じに考えているらしい

 

宣義の言葉に心を得ず、

 

宣直は反駁(はんばく)する

 

「・・・

 

 しかし、東の国境(くにざかい)が

 

本山に侵(おか)されれば、

 

 吉良城は最早(もはや)目鼻でござる

 

 そのような悠長(ゆうちょう)な事では...」

 

宣直が言い終える前に、

 

宣経が、さも全て承知の様子で、制する

 

「・・・

 

 もうよい」

 

宣経が背を向ける

 

「しかし、父上!」

 

宣直はなおも食い下がるが、

 

「下がれ」

 

宣経に食いかかろうとする宣直を、

 

宣義が制する

 

「若、これより先は...」

 

「何だ」

 

「いくら親子であろうと、臣は臣。

 

 当主が命じたことに従わぬは、

 

 家の乱れに繋がりまする」

 

宣義がそう言うと、宣直は何も答えず、

 

天守を出て行く...

 

「まだ小僧よ」

 

宣経が宣直に向かってそう言う