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「どうぞ、お入りください-----」
「ああ、じゃあ。」
「(--------)」
古い、藁葺(わらぶき)の
土蔵(どぞう)の様な家屋の入り口を抜け、
善波が土の土間の上で靴を脱ぐ
「ドソクは、ダメ?」
「・・・・」
「ガタッ」
「・・・・」
土間から、古い木目調の木造りの床の上に
善波が上がったのを見て、
征四郎、そしてジャンもそれに続く
「どうぞ、お掛けください------」
「・・・・」
征次(まさつぐ)と名乗った男が
座敷の端の方から座布団を取り出すと、
三人は、天井の高い、座敷の中央に置かれた
いろりを囲むように並んで座る
「("征次"------)」
「さっきのは、何だったんだ-----?」
「いえ...」
いろりの反対側に座った征次を見て
善波が、先程の
征次と明人とのやり取りを問い質(ただ)す
「大分、慌ててたみたいだが-----...」
「いえ...」
「-----何かあったとか?」
「・・・・」
征次が、征四郎の方に向き直る
「いえ、あの、叶生野の-----、
明人様と申しましたか。
あの方は、突然この場所に
兄の正之様と現れて、
矢継ぎ早に色々
お尋ねになるものですから-----」
「ああ、あいつは、
この叶生野荘の人間は全部自分の
部下か何かと思ってるからな」
「そうですか。」
善波の言葉に、落ち着きを取り戻したのか
征次は背中を伸ばし
善波、征四郎、そしてジャンに向かって
冷えた視線を浮かべる
「征次さん、アンタは------」
「尚佐さまの事ですか?」
「-----ああ、そうだ。
尚佐の祖父さんが生前、
よくこの鷺代の家に
顔を見せていた様だが...」
「・・・・」
まだ、尚佐が亡くなってから
日も浅いせいか、善波の言葉に
征次は気落ちした表情を見せる
「ええ....
尚佐様は、仕事がある程度
目途(めど)が付いたと言って
この鷺代の家でよく
色々な物を作って
おいでになられました-----」
「さっきの外にあった
窯(かま)とかがそうか?」
「・・・・」
「スッ」
「?」
征次は、立ち上がると何も言わず
奥の方へ消えていく
「・・・ずい分、マイペースな爺さんだな」
「・・・・」
「カタッ」
少しすると、手に何かを持ちながら
征次は征四郎たちの側に近付いてくる
「それは-------」
「これは、尚佐様がこの鷺代の家で
お作りになられた、
"皿"で御座います------」
「・・・・」
善波が、征次の手に握られていた
深い緑色をした円い皿を手に取る
「これを尚佐祖父さんが-----、」
「はい。」
「じゃあ、ナオサプレジデントは、
ここで、その"サラ"を作るために
よく来てたってコト?」
「そうです-----」
立っていた征次が、座布団の上に座る。
「ある程度自分の仕事に区切りがついたのか、
元々、焼き物に興味があったのかは
分かりませんが、
尚佐さまは、ここ数年
よく、この鷺代の家に
お出でになられていました-----」
「-----征次さん」
「------はい」
征四郎が、座っている征次を見る
「あなたの名前------、」
「征次ですか?」
「-----ええ。
どうやら、この神代の集落には、
"征"と言う字を使う
男性が多いみたいだが...」
「・・・・」
「征次さん、アンタも、
"征"の字が付くんだろう?」
「・・・・」
「-------、」
征次は善波の言葉に答えず、
何か、重苦しい雰囲気で、
善波の手に握られている深緑色の皿に目を向ける
「・・・・」
「この集落の人間に、
"征"の字を使う人間が多いのには
何か理由があるのか?」
「・・・・」
少し間を空け、征次は、口を開く
「元々、この神代の集落は
この叶生野荘の他の家と同じく、
ご先祖の、左次郎様の家から
繋がる家系でした------。」
「ああ、確か、商家をやっていたとか・・・」
「そうです。
叶生野家の歴史は御存じですか?」
「・・・・」
征次の言葉を聞いて、征四郎の言葉が止まる
「-----まあ、お若いでしょうから
無理もない。」
「・・・・」
「この、神代の一族が大きく栄えたのは、
その、左次郎から数代経た後の
征和(まさかず)さまが、明治の大戦の
軍需物資の流通の流れに預かり、
その家を各所に広めていったのが
始まりなのです------」
「・・・」
すでに百年以上も昔の話だ
征四郎には、征次が
何を話しているかがよく分からない
「そして、その征和さまの
家から、分家し、分かれて
様々な姓を名乗った者が多くいるのが、
この神代の集落なのです-------」