「血の家」 十九雫

「-----帰って来てたのか」

「ああ・・・・」

叶生野荘にある、安永の屋敷に通された

征四郎たちは、簡素な、あまり広くはない

安永の家の応接室に通される

「-----青木。」

「------はい。」

「三人に、茶でもお出ししろ」

「--------」

先程玄関前で、総司と何か

言い争いをしていた老人は総司の言葉に、

部屋の中からどこかへと消えていく

「-----そっちは誰だ？」

「ああ、こいつらは------」

「ワタシ、ジャン、

  ジャン・アルベルト・トオノよ」

「-----アルベルト？

  フランスの石油会社のか？」

「-----そうネ」

「・・・・」

話し言葉からは、あまり威厳を感じない

ジャンを見て総司が

唸(うな)った様な表情を見せる

「-----そちらの方は？」

「-----俺は---」

「ああ、こっちは、征四郎。

  知ってるだろ？

  "鴇与"家の」

「-----彼がか？」

「-------...」

"鴇与家"

すでに日本はおろか

海外にまでその資本を伸ばし、

今や、この叶生野一族の中でも

知らないものはいない

「----君が、鴇与征四郎なのか...」

「-----ええ。」

総司は、征四郎に関心を持ったようだが、

征四郎は、海外経験が長いせいか、

どうも、いわゆる

"日本人"にはあまりなじみが深くない

「・・・・・」

適当に短く言葉を返すと、

黙ってそのまま俯(うつむ)く

「-----そうか。

  と言う事は、やはり君も

  次の叶生野の御代につく、

　そう考えているのか」

「いや、俺は------...」

「ばはははっ！」

「------？」

善波が、大きな笑い声をあげる

「ここにいる、征四郎くん、

  ----ジャンの方はどうだかは知らないが、

  彼は、俺と同じで

  "御代"には、あまり興味がないらしい」

「-----そうなのか？」

「・・・・」

征四郎は無言で窓の外を見る

「ガサッ」

「(・・・・？)」

征四郎の反応が薄いことに

話題を変えようと思ったのか、

総司は征四郎から、善波の方に向き直る

「-----しかし、尚佐御大もまあ----」

「訳が分からんだろ？」

「・・・・」

"次の御代は征佐"

「まともに考えれば、

  次の御代は尤光あたりがなる物だと

  てっきり思っていたが-----」

「俺もそうだと思ったんだが...」

この叶生野荘にある安永閥、

そして他の、藤道會(とうどうかい)、

ＡＪＵ...

それらの、いわゆる叶生野家に属する

派閥の人間たちは、

次の御代は、叶生野家の長女である

尤光がなるものだと考えていた

「それが、"征佐"だとはな-----」

「ガチャッ」

「飲み物をお持ちしました----」

「ああ、そこに置いてくれ」

「・・・・」

「カチャッ」

「カチャッ」

総司の言葉に、一言も発さず、

執事の青木は、征四郎たちの前に

珈琲が入ったグラスを置いて行く

「しかし、こうなると、

  尤光、それと正之、明人

  左葉会の連中は驚いてるんじゃないか？」

「・・・だろうな」

「カチャ」

目の前に出された珈琲のグラスに口をつけながら

善波が口振りの軽くなった総司を見る

"左葉会と安永閥"

安永閥は、特に、明治以降の、

日露戦争の辺りからその特需により、

北信越地方でその勢いを強めて来た企業群で、

今では東北一体に置いて

かなりの企業規模を誇る

「・・・あいつら、

  自分たちが次の御代になると

　思っていたみたいだが

　尚佐御大の遺言書を見て

  驚いてたろう？」

「----ああ、今は、

  左葉会の連中を集めて

  この村の中を、"征佐"を探して

  走り回ってるんじゃないか」

「....クク」

「------？」

何故か、笑い顔を見せている総司を見て、

征四郎の表情が固まる

「いくら内需が減って、

　国内の景気があまり良くない状況だからと言って

  あいつらは、少し周りを

　雑に扱い過ぎる...」

「(--------、)」

どうやらこの口振りからすると

総司の派閥、安永閥は

叶生野家の本流である左葉会からは

あまり厚遇はされていない様だ

「-----お前は、"征佐"の事について

  何か知ってる事はないのか？」

「------そうだな...」

「・・・・」

二人の話が始まったのを見て

征四郎はふと、窓の外に目を向ける

"ガサッ"

「？？」

「"征佐"の事がお前ら

  叶生野家の人間に知らされてから、

  すでに日も経ってるのに

  わざわざ善波、お前がここに来たって事は

  "征佐"の情報は、この叶生野荘では

  あまり知られていないと言う事だろう？」

"ガササッ"

「？？」

「と言う事は、お前も、やはり、

  "征佐"については、

  ほとんど情報を持っていない様だな----」

"ガササッ"

「？？」

「いや、確かに-----」

「(-------？)」

征四郎がふと、部屋の壁一面に貼られた

ガラスに覆われた窓から庭の方に目を向けると、

その場所でこの安永の家を覆い尽くすように

立っている木々の枝が、揺れ動いている

「(------？)」

「俺の耳に入ってないって事は

  当然、左葉会、そして、藤道會の

  連中も、"征佐"の事は

　知らない筈だ-----」

「("男"--------！)」

とっさに、征四郎は部屋の中を見渡す

「・・・・？」

「何だ？　征四郎くん？」

「(ジャン------！)」

「ナニよ、征四郎------」

「(--------！)」

"ダッ"

「あ、」

「おい！」

部屋の中に、サングラスをしたジャンがいるのを

確認すると、征四郎は突然椅子から立ち上がり

部屋の外へと出て行く！

「・・・・っ」

「-----？」

「ガチャッ」

「------！」

「お、おい」

何かを感じ取ったのか、

善波と総司は顔を見合わせると

ソファーから立ち上がり

部屋から出て行く征四郎の後を追って行く

「(今のは-------！)」

征四郎は、部屋から出て窓の外に見えていた

"サングラス"をした男がいた場所に向かって

安永の屋敷の通路をかけて行く！